前回の更新がアレだった上、やはりバタバタでこっちは更新できず、ご心配おかけしました。
そしてメールやメッセージくれた皆様有難うございます。救われました。
生涯忘れない為にも、この一週間を綴ります。
当日
いつもの日常。
風呂に入り、シャワーを浴びた直後に起きました。
最初はすぐおさまるだろとたかをくくってその場にいましたが、次第に揺れは強くなっていき、これはまずいとパンツだけ履いて居間へ。
とりあえず戸棚を抑えつつ様子を伺ってました。
家の被害はそれほどでもなく食器類が割れた程度で、姉も帰宅し、数時間で家族三人揃いました。
隙を見て二階の自室に戻ると、PCのモニター、ギター、コンポ、CDラック、本が崩れ散乱。
ギターは無事のようだった。
隣に住んでる叔父、叔母も帰宅するが、従兄弟だけが帰宅せず、連絡もつかないまま夜に。
闇に飲み込まれるってのはこういうことなんでしょう。
二日目
寒さに耐えながらの夜が明け、店の様子と街中の様子も気になったので車を飛ばす。
街中を行き交う人達の表情は比較的明るい印象でした。
ちょうどよく親方と斎藤さんに会え、まずはガソリンをと思い、スタンドへ。
この時点ではそこまで待たずに給油できました。満タンではないですが。
一度帰宅すると、従兄弟が戻ってきていた。
多賀城にいたらしく、なんとか逃げのび、4時間歩いて帰ってきたらしい。
目の前で起こった被害状況を聞き、自分の想像する以上の事の重大さに気付かされました。
この日は最寄の小学校に水を貰いに行くのと携帯の充電をするので精一杯でしたが、叔父宅の物置に石油ストーブがあったことで暖はとれました。
昨日気付いていれば。。
とりあえず従兄弟とラジオやTwitterから情報を得ながら、地図を見て翌日の行動整理。
本当に頼りになる従兄弟です。
三日目
動けるのが僕と従兄弟だけだった為、二人で鈎取イオンに向かい別行動。
従兄弟を降ろし、僕は車で286沿いのスーパーを回る。
行列を考慮しつつ、効率の良さそうな二軒である程度の食料と飲み物は確保できました。
この日の夜やっと電気のみ復旧。
感動。明るい。
それも手伝って、知人達の安否の確認も徐々に出来初め、ちょっとだけ気持ちに余裕が出てきましたが、三日ぶりの布団の中では、逆に色々な事を考えてしまって寝付けませんでした。
四日目
昼くらいに店に顔を出したら8人くらい集まってました。
店内は中々の有様。
とりあえず社員、バイトの殆どの無事が確認でき一安心。
帰りにドンキの列に並ぶ。
そこで自分的に勇気を貰える出来事があったのだけど、疲れと、いっぺんに色んな事をやり過ぎたのか帰ったらちょっと調子悪い。
薬を飲んで早めの就寝。
五日目
姉の会社に水を譲ってもらいに行く。
トイレ用などは近所の涌き水を空いてる時間で貯めてます。
且つ節水。
今までは気にもしなかったけど、一回流すだけでこんなに水使ってるんだ、と驚愕しました。
午後には体調も良くなってきたので、夜は久々のビール。
六日目
午前中から店に。
帰りがてらPINO☆さんの店に顔出してみる。落ち着いたらちゃんと飲みに行きたいです。
乾物屋とトモズに寄り、街中を歩き回ってみました。
各地で炊き出しや携帯充電も行っている反面、やはり有り得ない値段で食料を売ってる店も。
ダイエーやドラッグストア、コンビニは未だに長い行列が。
七日目
姉、従兄弟と朝一でダイエーに列んでみる。
開店一時間前で既に千人はいたんじゃなかろうか。
行列は中々進まず雪も降り始める。
待つこと5時間半、漸く入店。脚ガクガク。
なんとか米、水、パンなどを数日分は購入でき一安心といったところ。
ガスは勿論、うちは水道もまだ暫くかかりそうな気配です。
今、生きてる。
この身で体験して初めて知らされました。
今まではやっぱり他人事だったんだと思います。
そして、どれだけ贅沢で、裕福な生活を送れてたのかが身に染みました。
当たり前の事が当たり前じゃなくなる。考えもしなかった事を思い知らされる。
それでも、今もまだ救助を待っている人達が沢山いる中、僕なんか全然マシな方なんです。家があって、とりあえず食べる物も飲む物もある。
今はまだ自分の事だけで精一杯ですが、自分にできる事、自分にしかできない事、やっていこうと思います。
まず、やっぱり音楽やろうと思います。
少しずつでも、曲作り諸々、必ず来るその日に備えて準備していこうと思います。
絶対また戻ってきます。
そして、五年間休まず続けてきたKIMLOGに初めて空白ができてしまいましたが、明日から
はまた毎日更新できるよう、ちょっとだけ緊張の糸緩めます。
いつもどおり、いままでどおり。
気が向いたら覗いてやって下さい。