少し遅くなった帰り道。
自然とペダルをこぐ足に力が入る。
商店街を抜けたあたりで、肌に蜘蛛の巣の感触があった。
蜘蛛の巣というのは不思議で、絡んだ瞬間の感覚はあるのに、どう付着したのかはわからない。
もとより、夜の街灯の下では完全に視認できないことは理解していた。
なんとなく払いながら、あまり気にせず自転車を走らせる。
数秒後、右肘に違和感を覚えた。
気のせいではない。
確実に何かが触れている感触だった。
うおおお!
蜘蛛。
そこには2cmくらいの蜘蛛がいた。
緊張が走る。
左手でバランスを保ちながら、右腕を振り回す。
呆気ない程すぐに視界から消えて居なくなった。
安堵した後、街中で思わず発してしまった奇声に少々気恥ずかしさを覚えたが、足は止めなかった。
暫く走ったところで、赤信号にぶつかった。
信号待ちをしながら、前に車内で蛾に襲われた思い出が蘇ってくる。
先程の蜘蛛の巣が原因だとは思うが、まさか本体まで付いて来るとは。
Tシャツじゃなかったら、気付かずに家までお持ち帰りしていたかもしれない。
そう考えて、少し寒気がした。
信号が青に変わり、腕に力を入れた時だった。
鼓動は落ち着いてきていたが、皮膚はまだ警戒を解いていなかった。
そして、過敏に其れに反応した。
奴が今度は左腕に現れたのだ。
驚きはしたが、流石に二度目は声を出さず左腕を振り回した。
さっきの奴が振り落とされておらず、肩を伝って左に回り込んでいたのか。
まさか、そんなはずはない。
横目ではあったが、確実に居なくなった筈だ。
肘から肩の距離を考えても、あのスピードで振り回した腕にしがみついていられる筈がなかった。
そこで、はっとした。
考えたくはなかったが、最初から二匹存在していたとしたらどうだ。
初めから二匹で狙うつもりだったのなら辻褄が合う。
一匹目が注意を引いておいて、二匹目は身を潜めていた。
一匹目は云わば、囮だ。
今となっては、もう真実は分からないが、もしそうだった場合、暫くの距離を全く気付かずに「二匹目」とニケツしたことになる。
もう少しでまんまと嵌められるところだったのかもしれない。
Tシャツと信号待ちが、彼等にとっての誤算だった。
それがなければ、奴等の計画を阻止する事は不可能だっただろう。